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横浜地方裁判所 昭和35年(ワ)241号 判決 1964年1月03日

原告 大八木初男 外二二

被告 国 外二名

訴訟代理人 板井俊雄 外五名

主文

被告国は原告大八木初男、同大八木金春、同小池イチ、同土屋マツ、同永井タケ、同田中ハナに対し各金七〇、一四四円宛

原告大野亀男、同大野アサ、同大野義雄、同大野甲子三、同小栗アキに同し各金八四、一七三円宛

原告三嶽勇、同小沢君子、同三嶽清松、同三嶽繁蔵に対し各金一〇五、二一六円宛

原告中丸正太郎に対し金三六〇、五二〇円

並びに右各金員に対する昭和三六年一一月一八日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

右各原告らの主位的請求および原告中丸正太郎を除くその余の右各原告らの被告国に対するその余の予備的請求は棄却する。

原告中丸ツネ、同境金之丞、同伊藤ソデ、同中丸タマ、同向井ハツ子、同中丸ミヨ子、同堀口タネの主位的請求ならびに被告国に対する予側的請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告らと被告大八木富五郎、同松本重雄(選定当事者)との間に生じた分は原告らの負担とし、原告らと被告国との間に生じた分はこれを三分し、その一を原告中丸ツネ、同境金之丞、同伊藤ソデ、同中丸タマ、同向井ハツ子、同中丸ミヨ子、同堀口タネの負担、その余の部分は被告国の負担とする。

事実

(当事者双方の求めた裁判)

原告ら訴訟代理人は主位的請求の趣旨として

「原告等に対し

一、被告国は別紙物件目録第一(2) (4) (6) (9) 及び同目録第二(10)(12)(14)記載の各土地につき横浜地方法務局藤沢出張所昭和二五年三月一五日受附第〇一五九五号を以てなされた所有権取得登記並びに同目録第二(11)(13)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和二七年七月一九日受附第三七一二号を以てなされた所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。

二、被告大八木富五郎は同目録第一(4) (6) (9) 及び同目録第二(12)(14)(15)(17)(18)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和二五年三月三一日受附第二一八四号を以てなされた所有権取得登記並びに同目録第二(13)記載の土地につき同法務局同出張所昭和二七年八月二八日受附第四三一八号を以てなされた所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。

三、被告(選定当事者)松本重雄は

(一)  同目録第一(2) 及び同目録第二(10)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和二五年三月三一日受附第二一八四号を以て大八木イネのためになされた所有権取得登記並びに同目録第二(11)記載の土地につき同法務局同出張所昭和二七年八月二八日受附第四三一八号を以て大八木イネのためになされた所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。(選定者大八木イネに関する請求。)

(二)  同目録第二(10)記載の土地につき同法務局同出張所昭和三四年三月九日受附第三五六四号を以て大八木庄太郎のためになされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。(選定者大八木庄太郎に関する請求。)

(三)  同目録第一(2) 及び同目録第二(11)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和三四年三月九日受附第三五六五号を以て小沢富雄のためになされた所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。(選定者小沢富雄に関する請求。)

(四)  同目録第一(4) (6) 及び同目録第二(12)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和三二年五月二三日受附第六二七九号を以て森唯七のためになされた所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。(選定者森唯七に関する請求。)

(五)  同目録第二(13)記載の土地につき同法務局同出張所昭和三三年三月二五日受附第三五四三号を以て安斎六郎のためになされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。(選定者安斎六郎に関する請求。)

(六)  同目録第二(15)(16)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和三三年一〇月三一日受附第一四三四七号を以て松本重雄のためになされた所有権取得登記並びに右二筆の土地につき同法務局同出張所昭和三四年六月五日受附を以てなされた表題部参番の合併登記の各抹消登記手続をせよ。(被告松本重雄に関する請求。)

(七)  同目録第二(17)記載の土地につき同法務局同出張所昭和三三年一二月二六日受附第一七七六五号を以て市川昇のためになされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。(選定者市川昇に関する請求。)

(八)  同目録第二(13)記載の土地上に存在する「家屋番号二七七番の二六、木造スレート葺二階建店舗兼居宅、建坪一三坪七合五勺二階九坪」の建物を収去し、右土地を明渡せ。(選定者安斎昭一に関する請求。)

四、訴訟費用は被告等の負担とする。」

との判決及び第三項(八)につき仮執行の宣言を求め、

予備的請求の趣旨として

「被告国は原告大八木初男、同大八木金春、同小池イチ、同土屋マツ、同永井タケ、同田中ハナに対し各金四八〇、六九四円宛原告大野亀男、同大野アサ、同大野義雄、同大野甲子三、同小栗アキに対し各金五七六、八三三円宛、原告中丸正太郎、同中丸ツネ、同境金之丞、同伊藤ソデ、同中丸タマ、同向井ハツ子同中丸ミヨ子、同堀口タネに対し各金三六〇、五二〇月宛、原告三嶽勇、同小沢君子、同三嶽清松、同三嶽繁蔵に対し各金七二一、〇四一円宛並びに右各金員に対する昭和三六年一一月一八日以降支払済迄年五分の割合による金員を支払え。」

との判決を求めた。

主位的請求の趣旨に対し、被告国訴訟代理人、被告松本重雄(兼選定当事者、以下同じ)は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を、被告大八木富五郎訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。」との判決を各求め、

予備的請求の趣旨に対し、被告国訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費府は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

(原告ら訴訟代理人の述べた主位的請求の原因)

一、別紙物件目録第一記載の各土地はいずれも訴外吉村トリの所有であつた。

二、吉村トリは昭和二〇年五月一五日死亡したが、新民法施行に至るまでその家督相続人が選定されなかつたので、昭和二三年一月一日新民法施行に伴い同法附則第二五条の規定に基き原告等及びその他の一族が同人の相続人となり、同人の財産全部を相続してその所有権を取得した。

三、その後別紙物件目録第一記載の各土地について次のような経過で登記の変動が行われた。

(一)  昭和二五年三月一五日横浜地方法務局藤沢出張所受附第〇一五九五号を以て、同目録第一(1) (2) (4) (5) (6) (8) (9) 記載の各土地につき、昭和二三年二月二日自作農創設特別措置法第三条の規定による買収をしたとして農林省のため所有権取得登記がなされた。

(二)  昭和二五年三月三一日同法務局同出張所受附第二一八四号を以て同目録第一(1) (2) 記載の各土地につき大八木イネのため昭和二三年二月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定に因る売渡をしたとして所有権取得登記がなされた。

(三)  昭和二五年三月三一日同法務局同出張所受附第二一八四号を以て同目録第一(4) (5) (6) (8) (9) 記載の各土地につき大八木富五郎のため昭和二三年二月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定に因る売渡をしたとして所有権取得登記がなされた。

(四)  昭和二七年七月一四日同目録第一(3) 記載の土地につき同目録第二(11)記載のとおり表示の変更がなされ、又右同日同目録第一(7) 記載の土地につき同目録第二(D)の前段記載のとおり表示の変更がなされたうえ、同年同月一九日同法務局同出張所受附第三七一二号を以て右各土地につき昭和二三年二月二日自作農創設特別措置法第三条の規定による買収をしたとして農林省のため所有権取得登記がなされた。

(五)  昭和二七年八月二八日同法務局同出張所受附第四三一八号を以て右(四)項記載の各土地中同目録第二に(11)記載の土地については大八木イネのため、又表示の変更後の(7) 記載の土地については大八木富五郎のためいずれも昭和二三年二月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定に因る売渡をしたとして所有権取得登記がなされた。

(六)  昭和三二年五月二三日同目録第一(5) 記載の土地は同目録第二(12)記載のどおり表示の変更がなされたうえ、右同日同法務局同出張所受附第六二七九号を以て同目録第一(4) (6) 及び右同目録第二(12)記載の各土地につき森唯七のため売買による所有権取得登記がなされた。

(七)  昭和三三年三月二五日同目録第一(7) 記載の土地につき更に同目録第二(13)記載のとおり表示の変更がなされたうえ、右同日同法務局同出張所受附第三五四三号を以て安斎六郎のため売買による所有権取得登記がなされた。

(八)  昭和三四年三月九日同目録第一(1) 記載の土地につき同目録第二(10)記載のとおり表示の変更がなされたうえ、右同日同法務局同出張所受附第三五六四号を以て大八木庄太郎のため売買による所有権取得登記がなされた。

(九)  右同日同法務局同出張所受附第三五六五号を以て同目録第一(2) 及び同目録第二(11)記載の各土地につき小沢富雄のため売買による所有権取得登記がなされた。

(一〇)  同目録第一(8) (9) 記載の各土地は同目録第二(E)乃至(I)記載の如く同目録(14)乃至(18)のとおり合併、分割及び表示の変更の各登記がなされ、これに伴い右(8) につきなされた農林省及び大八木富五郎のための各所有権取得の登記が右(15)、(17)、(18)の各土地登記簿に転与されたが、その間

(イ) 右(15)記載の土地については昭和三三年一〇月三一日同法務局同出張所受附第一四三四七号を以て松本重雄のため売買による所有権取得登記がなされ、且つ松本重雄は昭和三四年六月五日同法務局同出張所受附を以て右(15)及び(16)記載の各土地につき表題部参番の合併登記をなし、その際(15)記載の土地登記簿は閉鎖されて右記の松本重雄のための所有権取得登記は(16)記載の土地登記簿に移された。

(ロ) 右(17)記載の土地については昭和三三年一二月二六日同法務局同出張所受附第一七七六五号を以て市川昇のため売買による所有権取得登記がなされた。

四、結局同目録第一記載の各土地中(1) (3) (5) (7) (8) (9) については同目録第二記載のとおりその表示の変更がなされたほか、同目録第一及び第二記載の各土地については被告等のため次のとおりの各登記が経由されているわけである。

(一)  被告国(農林省)のために

同目録第一(2) (4) (6) (9) 及び同目録第二(10)(12)(14)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和二五年三月一五日受附第〇一五九五号所有権取得登記、同目録第二(11)(18)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和二七年七月一九日受附第三七一二号所有権取得登記。

(二)  大八木イネのために同目録第二(10)及び同目録第一(2) 記載の各土地につき同法務局同出張所昭和二五年三月三一日受附第二一八四号所有権取得登記、同目録第二(11)記載の土地につき同法務局同出張所昭和二七年八月二八日受附第四三一八号所有権取得登記。

(三)  被告大八木富五郎のために

同目録第一(4) (6) (9) 及び同目録第二(12)(14)(15)(17)(18)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和二五年三月三一日受附第二一八四号所有権取得登記、同月録第二(13)記載の土地につき同法務局同出張所昭和二七年八月二八日受附第四三一八号所有権取得登記。

(四)  大八木庄太郎のために

同目録第二(10)記載の土地につき同法務局同出張所昭和三四年三月九日受附第三五六四号所有権取得登記。

(五)  小沢富雄のため

同目録第一(2) 及び同目録第二(11)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和三四年三月九日受附第三五六五号所有権取得登記。

(六)  森唯七のために

同目録第一(4) (6) 及び同目録第二(12)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和三二年五月二三日受附第六二七九号所有権取得登記。

(七)  安斎六郎のために

同目録第二(13)記載の土地につき同法務局同出張所昭和三三年三月二五日受附第三五四三号所有権取得登記。

(八)  被告(選定当事者)松本重雄のために同目録第二(15)(16)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和三三年一〇月三一日受附第一四三四七号所有権取得登記。

(九)  被告(選定当事者)松本重雄のなした同目録第二(15)(16)記載の各土地につき同法務局同出張所昭和三四年六月五日受附の表題部参番の合併登記。

(一〇)  市川昇のために

同目録第二(17)記載の土地につき同法務局同出張所昭和三三年一二月二六日受附第一七七六五号所有権取得登記。

(但し同目録第一(9) 及び同目録第二(15)記載の各土地登記簿は前記のとおりいずれも閉鎖されている。)

五、しかしながら前項記載の各登記は次の理由により全部無効の登記である。

(一)  同目録第一記載の各土地については昭和二三年二月二日自作農創設特別措置法第三条の規定による買収をしたとして国(農林省)のため所有権取得登記がなされているのであるが、当時亡吉村トリの相続人の一部の者は茅ヶ崎市内に居住しており、右各土地はいずれも同法第三条第一項第一号に所謂不在地主の農地に該当しないばかりか、同条所定のいずれの規定にも該当せず、これを同法によつて買収することは絶対に許されなかつたものである。

(二)  右買収処分に際しては昭和二四年二月一日神奈川県知事から吉村トリに対して同法第九条第一項本文所定の買収令書が交付されたこととして手続が進められているが、当時吉村トリは既に死亡しており買収令書が交付できる筈はない。

ちなみに神奈川県知事に対しては吉村トリ名義の昭和二四年二月一日附買収令書受領証が作成提出されている模様であるが、これは吉村トリの長兄大八木仙太郎及び弟大八木喜三郎一族の手になるもので同人等は原告等を排除して吉村トリの全財産を独占しようと企図したものに他ならず、買収対価も同人等が受領している模様である。

(三)  従つて右買収処分は無効であり被告国は同法第一二条の規定に基き前記各土地の所有権を取得することはできなかつたものである。又そうである以上被告国から当該農地の売渡を受けた者も、又その被売渡人から転売を受けた者もいずれも当該農地の所有権を取得することができず、前項記載の各登記は全部無効であり、前記各土地の所有権は依然として原告等にあるわけである。

六、又安斎昭一は同目録第二(13)記載の土地上に「家屋番号二七七番の二六、木造スレート葺二階建店舗兼居宅、建坪一三坪七合五勺二階九坪」の建物を所有し右土地を占有しているが、右土地は前項記載のとおり原告等の所有に属するものであり同人は何等の権限なく原告等の土地所有権を侵害しているわけである。

七、よつて原告等は被告等に対し第四項記載の各登記の抹消と前項記載の建物収去土地明渡を求めるため本訴に及んだ。なお第二項記載のとおり吉村トリの相続人は原告等の他にも存在するが、本訴各請求はいずれも共有物に対する保存行為としてなすものである。

(被告国訴訟代理人、被告大八木富五郎訴訟代理人、被告松本重雄の述べた主位的請求の原因に対する答弁)

一、請求原因第一項について、(被告国、同大八木富五郎)認める。(被告松本重雄)知らない。

二、第二項について、(被告ら全員)知らない。

三、第三項について、(被告国、同大八木富五郎)認める。(被告松本重雄)本件各土地につき各当該被告及び選定者のための登記がなされている部分のみは認め、その余の部分は知らない。

(同項の(二)について選定当事者松本重雄の主張)

大八木イネは同目録第一(1) (2) 記載の各土地についての昭和二四年二月一七日付売渡通知書を同年三月中旬頃交付され、自作農創設特別措置法第一六条の規定に因る売渡処分を受けて右各土地の所有権を取得した。

(同項の(三)について被告大八木富五郎の主張)

被告大八木富五郎は同目録第一(4) (5) (6) (9) 記載の各土地についての昭和二四年二月一九日付売渡通知書を同年三月中旬頃交付され、又同目録第一(8) 記載の土地についての同年四月一日付売渡通知書を同年七月末日までに交付され、自作農創設特別措置法第一六条の規定に因る売渡処分を受けて右各土地の所有権を取得した。

(同項の(五)について被告大八木富五郎、選定当事者松本重雄の主張)

大八木イネは同目録第二(11)記載の土地についての昭和二四年二月一九日付売渡通知書を同年三月中旬頃交付され、被告大八木富五郎は同目録第一(7) 記載の土地についての同年四月一日付売渡通知書を同年七月末日までに交付され、それぞれ自作農創設特別措置法第一六条の規定に因る売渡処分を受けて右各土地の所有権を取得した。

(同項の(六)について選定当事者松本重雄の主張)

森唯七は同目録第一(4) (6) 及び同目録第二(12)記載の各土地を昭和三二年五月二三日被告大八木富五郎より買い受けてその所有権を取得した。

(同項の(七)について選定当事者松本重雄の主張)

安斎六郎は同目録第二(13)記載の土地を昭和三三年二月一日被告大八木富五郎より買い受けてその所有権を取得した。

(同項の(八)について選定当事者松本重雄の主張)

大八木庄太郎は同目録第二(10)記載の土地を昭和三一年三月五日大八木イネより買い受けてその所有権を取得した。

(同項の(九)について選定当事者松本重雄の主張)

小沢富雄は同目録第一(2) 及び同目録第二(11)記載の各土地を昭和三一年四月三日大八木イネより買い受けてその所有権を取得した

(同項の(1) の(イ)について被告松本重雄の主張)

松本重雄は同目録第二(15)記載の土地(同目録第一(8) 及び(9) 記載の各土地の各一部であり、現に同目録第二(16)記載の土地のうち宅地部分八二坪に相当する。)を昭和三三年一〇月一日被告大八木富五郎より買い受けてその所有権を取得した。

(同項の(10)の(ロ)について選定当事者松本重雄の主張)

布川昇は同目録第二(17)記載の土地を昭和三三年一一月一日被告大八木富五郎より買い受けてその所有権を取得した。

四、第四項について、(被告国、同大八木富五郎)認める。(被告松本重雄)本件各土地につき各当該被告及び選定者のための登記がなされている部分のみは認め、その余の部分は知らない。

五、第五項について、(被告国、同大八木富五郎)別紙物件目録第一記載の各土地につき自作農創設特別措置法第三条の規定による買収をしたことを原因として農林省のため所有権取得登記がなされたこと、右買収処分に際し神奈川県知事から同法第九条の規定により吉村トリに対し買収令書を交付したこと(但し同令書は昭和二三年二月二日附である。)、昭和二四年二月一日附吉村トリ名義の買収令書受領証が作成提出されていることはいずれも認める。その余の点はいずれも争う。(被告松本重雄)争う。

(被告大八木富五郎の主張)

自作農創設特別措置法に基く国の農地買収は強制買収で一種の強制徴収であり、これに基く所有権取得は原始取得であるから、原始取得者である国から適式な手続を経て所有権を買い受けた被告は何人にも侵されることがない所有権者であつて、その所有権取得登記は実体と符合するものであり抹消さるべきものではない。

(被告松本重雄の主張)

仮に農地買収が真実の所有者を誤つて行われたとしても右買収処分は当然無効と解すべきでなく、真実の所有者がこれを知り若しくは知り得べき状態にあつたと認められるに拘らず、その取消を求めるために法律上許された異議訴願又は出訴等一切の不服申立の方法をとらず期間を徒過した場合はその後訴によりその違法を主張することは許されない。

六、第六項について、(選定当事者松本重雄)安斎昭一が同目録第二(18)記載の土地上に原告等主張の建物を所有していることは認める。その余の点は争う。

(被告国訴訟代理人、被告大八木富五郎訴訟代理人、被告松本重雄の述べた主位的請求の原因に対する抗弁)

(被告大八木富五郎)

一、被告は昭和二三年二月当時別紙物件目録第一(4) 乃至(9) 記載の各土地において耕作の業務を営んでいた小作農であつたが右各農地の買収が行われた際自作農創設特別措置法第一六条の買受申込者として同法第一七条の買受申込をなしたところ所轄農地委員も被告を同法第一八条の農地売渡計画の適格者と認定したうえ所定の手続を経由して同法第二〇条の知事の承認を経、被告に対してその売渡通知書を交付したのである。

二、右売渡通知書の交付時期は前記のとおり同目録第一(4) (5) (6) (9) 記載の各土地については昭和二四年二月一九日附売渡通知書を同年三月中旬頃、同目録(7) (8) 記載の各土地については同年四月一日附売渡通知書を同年七月末日までにそれぞれ交付されたのである。

三、従つて右各売渡通知書受領当時被告は右各土地所有権が右各売渡通知書記載の売渡時期に被告に移転すると信ずるにつき過失なく、以後右各土地の占有を続けたのである。

四、しかしてその後同目録第一(4) (5) (6) (7) 記載の各土地は他に売却し、又同目録第一(8) (9) 記載の各土地中同目録第二(15)(17)記載の各部分も他に売却したが、同目録第二(14)及び(18)記載の各土地については昭和二四年七月末日から起算して一〇年間以上これを占有して来た。

五、故に前記農地買収に際して原告等主張のような瑕疵があつたかどうかはともかくとして、被告は民法第一六二条第二項の規定により右各土地の所有権を取得しており、現在の登記はこの実体関係に符合するから、これを抹消すべき理由はない。

(被告松本重雄)

一、大八木イネは前記のとおり同目録第一(1) (2) 記載の各土地についての昭和二四年二月一七日附売渡通知書を、又同目録第二(11)記載の土地についての同年二月一九日付売渡通知書をいずれも同年三月中旬頃交付され自作農創設特別措置法第一六条の規定に因る売渡処分がなされると同時に、右各土地につきそれぞれ取得時効の要件を具備した自主占有を始めた。

二、被告大八木富五郎は同目録第一(4) (5) (6) (9) 記載の各土地についての昭和二四年二月一九日附売渡通知書を同年三月中旬頃交付され、又同目録第一(7) (8) 記載の各土地についての同年四月一日附売渡通知書を同年七月末日までに交付され、自作農創設特別措置法第一六条の規定に因る売渡処分がなされると同時に右各土地につきそれぞれ取得時効の要件を具備した自主占有を始めた。

三、その後

(一)  大八木庄太郎は同目録第二(10)(同目録第一(1) の表示変更後の土地)記載の土地を昭和三一年三月五日大八木イネから買い受け、

(二)  小沢富雄は同目録第一(2) 及び同目録第二(11)記載の各土地を昭和三一年四月三日大八木イネから買い受け、

(三)  森唯七は同目録第一(4) (6) 及び同目録第二(12)(同目録第一(5) の表示変更後の土地)記載の各土地を昭和三二年五月二三日被告大八木富五郎から買い受け、

(四)  安斎六郎は同目録第二(13)(同目録第一(7) の表示変更後の土地)記載の土地を昭和三三年二月一日被告大八木富五郎から買い受け、

(五)  市川昇は同目録第二(17)(同目録第一(8) (9) の表示変更後の土地の一部)記載の土地を昭和三三年一一月一日被告大八木富五郎から買い受け

(六)  被告松本重雄は同目録第二(15)(同目録第一(8) (9) の表示変更後の土地の一部で同目録第二(16)の土地中八二坪の部分)記載の土地を昭和三三年一〇月一日被告大八木富五郎から買い受け、

それぞれ右買い受けと同時に前主の占有を引継ぎ、爾来右各土地の占有を継続して現在に至つている。

四、よつて大八木庄太郎は同目録第二(10)記載の土地につき、小沢富雄は同目録第一(2) 同目録第二(11)記載の各土地につき、森唯七は同目録第一(4) (6) 、第二(12)記載の各土地につき、それぞれ遅くとも昭和三四年四月一日までにその所有権を取得時効により取得したのであり、同様にして、安斎六郎は同目録第二(13)記載の土地につき、市川昇は同目録第二(17)記載の土地につき、被告松本重雄は同目録第二(16)記載の土地中八二坪の部分につき(それぞれ遅くとも昭和三四年八月一日までにその所有権を取得時効により取得したのである。

五、故に原告等主張の買収処分が無効であつたとしても被告等は前記各土地の所有権を取得しており、原告等はその所有権を主張し得ない。

従つて本件各土地の現在の登記簿の各所有名義人は現実にもその所有権を有する者であつて、その登記は実体関係を反映する有効なものであるから、その抹消を訴求する原告等の各請求は失当であり、又そうである以上登記簿上大八木庄太郎及び小沢富雄の前主である大八木イネに対する各請求も亦失当である。

六、安斎昭一が同目録第二(13)記載の土地上に原告等主張の如き建物を所有していることは前記のとおりであるが、これは右土地の所有権者である安斎六郎の承諾を得て建築所有しているのであつて適法な占有権限があるから、右建物の収去及び土地明渡を求める原告等の請求も亦失当である。

(被告国)

一、被告大八木富五郎及び被告(選定当事者)松本重雄の前記各取得時効援用の主張を援用する。

二、そうすると本件各土地に関する現在の登記簿の所有名義人である右被告等は現実にもその所有権を有する者であつてその登記は実体関係を反映する有効なものであるから、その抹消を訴求する原告等の各請求は失当であり、従つてまた原告等の被告国に対する請求も失当である。

三、なお被告国は本件土地の売渡処分に際し次のような調査を遂げた。即ち被告大八木富五郎は専業農家ではなかつたが、当時父大八木喜三郎と共同で約二反六畝歩の農地の耕作をして十分農業の経験を有していたのであり、父喜三郎は既に老令(明治一〇年一二月生、昭和三三年死亡)のため同人に売渡すのは適当でないと判断したため、被告国は被告大八木富五郎を本件土地について農業に精進する見込のある者と認めて同被告に売渡したものである。

従つて被告国は売渡処分に際し調査不十分のため買受適格者でない者をその相手方としたということはなく、又買受申込をした上で被告国から売渡を受け本件土地の自主占有を始めた被告大八木富五郎も原告等主張のような瑕疵ある占有者ではないと云わねばならない。

(原告ら訴訟代理人の述べた被告ら主張の抗弁に対する答弁)

一、被告大八木富五郎及び大八木イネがその主張の日に各売渡通知書を受領したこと並びにその頃からその主張の各土地につき自主占有を始めたことはいずれも否認する。

選定者安斎昭一が同目録第二(13)の土地上に原告ら主張の如き建物を所有して同土地を占有していることは認めるが、その余の占有の経過、状況についての主張はすべて争う。

二、元来被告大八木富五郎及び大八木イネはいずれも本件各農地に全く関係がなく、殊に被告大八木富五郎は農業に従事していなかつたものであるから如何なる点から見ても自作農創設特別措置法第一六条第一項に該当せず、同法第一七条の買い受けの申込をする資格は絶対になかつた。このことは右両名がその後本件各農地を次々に売却処分したことによつても明らかである。しかるに右被告等は当時の混乱した時期を利用し自作農創設特別措置法による売渡処分を受けるという型式によつて吉村トリの遺産を独占しようとして、同売渡処分に関する国の調査不十分に乗じて買い受申込をなしその売渡を受けたものである。

被告国も本件売渡処分に際し、買受申込者が果して自作農創設特別措置法第一六条所定の資格があるか否かにつき何等の調査もせず、農業に従事しておらず買受資格のない被告大八木富五郎を同条所定の適格者として売渡処分をしたのである。

従つて仮に被告大八木富五郎及び大八木イネがその主張の時期にその主張の各土地の自主占有を始めたとしても、その占有は民法第一六二条第二項所定の取得時効の要件である平隠、公然、善意、無過失の点において欠け、被告等の取得時効の援用の主張はいずれも失当である。

(原告ら訴訟代理人の述べた予備的請求の原因

一、農地に対する買収処分が無効であることが明らかとなつた場合、国は被買収者の訴求を待つまでもなく直ちに自己の所有権取得登記を抹消すべきは勿論であるが、既に売渡処分がなされその所有名義が第三者に移転しているときはその第三者に対し所有権取得登記の抹消登記を求め、速かに被買収者に対し所有権登記を回復すべきであつて違法無効な買収処分をした国が被買収者に対する上述の義務を回避することは許されない。

二、本訴主位的請求の請求原因として述べたとおり、被告国が別紙物件目録第一記載の各土地につき買収処分をするに際し、被告国の公務員である買収処分担当者はその過失により違法な買収処分を行い、原告等ほかの吉村トリの相続人全員に対し違法な損害を与えたのであるから、被告国は直ちに違法な所有権取得登記を抹消して買収前の状態に回復すべき義務を負うのであるが、本件土地につき被告等に取得時効を援用された結果万一右の手続が不能となり原告等が終局的に所有権を喪失したと認定される場合は、被告国はこれにより原告等が蒙つた一切の損害を国家賠償法若しくは民法の不法行為の規定に基き賠償すべきである。

三、しかして原告等の蒙つた全損害は本訴口頭弁論終結時における本件土地の価格に相当するから、原告等は右価格に対する原告等の相続分に応じた後記金員と、右金員に対する被告国が被告大八木富五郎等の取得時効援用の主張を援用した日の翌日である昭和三六年一二月一八日以降支払いずみまでの年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四、現在における本件各土地の価格は別紙価格表記載のとおりであり、原告らの相続分および請求金額は次のとおりである。

大八木初男、大八木金春、小池イチ、土屋マツ、永井タケ、田中ハナ以上各三六分の一。各金四八〇、六九四円宛。

大野亀男、大野アサ、大野義雄、大野甲子三、小栗アキ以上各三〇分の一。各金五七六、八三三円宛。

中丸正太郎、中丸ツネ、境金之烝、伊藤ソデ、中丸タマ、向井ハツ子、中丸ミヨ子、堀口タネ以上各四八分の一。各金三六〇、五二〇円宛。

三嶽勇、小沢君子、三嶽清松、三嶽繁蔵以上各二四分の一。各金七二一、〇四一円宛。

(被告国訴訟代理人の述べた予備的請求原因に対する答弁)

一、原告等の主張は全部争う。

二(一)  国家賠償法若しくは民法の不法行為の規定に基く損害賠償の範囲についても民法第四一六条の債務不履行による損害賠償の範囲に関する規定を類推適用又は準用すべきであるから、仮に違法な買収処分によつて原告等が損害を蒙つたとしても、これによつて生じた一切の損害の賠償を訴求することは許されず、そのうちで通常生ずべき損害のみが賠償の対象とされるのである。

しかして、相被告等が本件土地を時効取得したことによつて原告等がその所有権を喪失したとしても、それによつて原告等の蒙るべき損害は被告国の買収処分によつて通常生ずべき損害とは云えない。

(二)  即ち、本件各土地の買収処分が仮に重大且つ明白な瑕疵のため無効であるとすればその売渡もまた無効であり、原告等が買収処分当時の本件各土地の真の所有者であつたとすればその買収、売渡後と雖も原告等の所有権はこれによつて何ら影響されることがないものというべきであるから、原告等としては、買収、売渡後においてもその占有者によつて時効取得されるまでは買収処分の無効を主張して所有権の確認なり登記の抹消なりを訴求することに何ら法律上の障害がなかつた筈である。従つてかような場合には被買収者としては買収処分後直ちに、又は売渡処分後早期にその所有権を訴訟上主張してその保全を図ることが社会通念上当然期待されるのであり、この場合被買収者は国家賠償法によつてその蒙つた損害の賠償を国に対して請求することも可能である。

そして右の場合被買収者に通常生ずべき損害は、買収処分によつて当該土地を自ら使用すること又は小作料を収受して他人をしてこれを使用せしめることができなかつたことによる損害である。他方買収処分、従つて売渡処分が無効であつても売渡処分後一〇年以上も経過して国からの買受入等の取得時効の要件が充足し、これらの者が時効取得を裁判上援用すれば、被買収者はもはや自己の所有権を訴訟上主張してその保全を図ることができなくなるのであるが、本来取得時効の要件が具備してもこれを裁判上援用するかどうか、又何時これを援用するかは専ら援用権者が自由に決定することのできる事項であるから、売渡処分後の占有者が時効取得を裁判上援用することによつて当該土地の所有権を取得する結果被買収者がその所有権を喪失するという損害を蒙るかどうか、又蒙るとしてもその時期如何も亦援用権者の意思如何によつて決定されるものと云うべきであり、結局無効な買収処分がなされたとしても被買収者にかような損害が発生するかどうか、発生するとしてもその時期如何は通常誰しも予測できない事項である。

(三)  従つて原告等主張の損害は無効な買収処分に通常生ずべき損害に当らないから、これを訴求する原告等の請求は他の点について判断するまでもなく失当である。

(証拠関係)

原告ら訴訟代理人は甲第一号証の一ないし三六、第二号証の一ないし一三、第三号証の一、二を提出し、甲第三号証の一は不詳者により吉村トリ名義で偽造されたものであると附陳し原告大野亀男、同三嶽勇、同大八木金春、同中丸正太郎各本人尋問の結果と鑑定人駒井一夫の鑑定の結果を各援用し、乙号各証の成立はいずれも認めると述べた。

被告国訴訟代理人、被告大八木富五郎訴訟代理人、被告松本重雄は乙第一、二号証、第三号証の一、二、第四号証の一ないし四を提出し、証人山之井勉、同川辺義治、同大八木春子、同大八木庄太郎、同大八木イネの各証言ならびに被告大八木富五郎本人尋問の結果を援用し、甲第三号証の一は吉村トリ又はその相続人により真正に作成されたものである、その余の甲号各証の成立はいずれも認めると述べた。

被告松本重雄は右のほか、証人小沢富雄、同森唯七、同安斎六郎、同安斎昭一、同市川昇の各証言および被告松本重雄本人尋問の結果を援用すると述べた。

理由

(主位的請求について)

原告らは、被告国の別紙物件目録第一(1) ないし(9) の各土地に対する自作農創設特別措置法(以下自創法という)による買収は無効であるから、被告国を経由して右各土地を譲り受けてその旨の登記をなした被告らはその登記を抹消すべきであり、又右土地の一部の上に建物を所有する選定者安斎昭一はその建物を収去すべきである、と主張するのに対し、被告らは右土地の所有権を時効取得した旨抗弁するので、当事者双方の他の主張に先立つてこの成否を判断する。

原告ら訴訟代理人の述べた請求原因第四項記載のように各当該被告および当該選定者らのための各登記がなされていること、選定者安斎昭一が同目録第二(13)の土地上に原告ら主張の建物を所有して右土地を占有していることは当事者間に争がない。

そしていずれもその成立に争のない甲第二号証の一ないし一三、乙第一、二号証、第三号証の一、二、第四号証の一ないし四、証人山之井勉、同川辺義治、同大八木春子、同大八木庄太郎、同大八木イネ、同小沢富雄、同森唯七、同安斎六郎、同市川昇の各証言および被告大八木富五郎、同松本重雄各本人尋問の結果によれば次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。(乙第四号証の一によれば、茅ヶ崎市小和田字兵金山四、一五九畑三畝一一歩の土地(同目録第一(8) の土地)の被告大八木富五郎に対する売渡時期は、昭和二三年二月二日とされているが、この記載は乙第四号証の四および証人山之井勉の証言に照らして採用できない。)

「一、被告大八木富五郎の父喜三郎は昭和二三年二月当時、同目録第一(4) ないし(9) の各土地を小作農として耕作し、被告大八木富五郎も他所に勤務する傍ら同人の妻春子と共にその家族として耕作を手伝つていたが、同被告は、被告国が右土地を自創法に基いて買収し、これを売渡すに際して同法第一七条の買受申込をなし、同法所定の手続を経たうえ、被告国より、同目録第一(4) (5) (6) (9) の各土地については昭和二三年二月二日を売渡期日として、昭和二四年三月中にその売渡通知書の交付を受けて買受け、同目録第一(7) (8) の各土地については昭和二四年三月三一日を売渡期日として、同年七月中にその売渡通知書の交付を受けて買受け、以来これを被告大八木富五郎、父喜三郎、妻春子らその家族が耕作し、右土地のうち同目録第一(8) (9) の各土地の一部である同目録第二(14)(18)の各土地についてはそのまゝ現在に至つた。

二、選定者大八木イネは昭和二三年二月当時、同目録第一(1) (2) (3) の各土地を小作農として耕作していたが、前項同様の経緯で被告国から右土地を昭和二三年二月二日を売渡期日として、昭和二四年三月中にその売渡通知書の交付を受けて買受け、以来これを耕作した。

三、その後

1  選定者大八木庄太郎は、同目録第一(1) の表示変更後の土地である同目録第二(10)の土地を昭和三一年三月五日選定者大八木イネから買受け、

2  選定者小沢富雄は、同目録第一(2) および同目録第一(3) 表示変更後の土地である同目録第二(11)の各土地を、昭和三一年四月三日選定者大八木イネから買受け、

3  選定者森唯七は、同目録第一(4) (6) および同目録第一(5) 表示変更後の土地である同目録第二(12)の各土地を、昭和三二年五月二三日被告大八木富五郎から買受け、

4  選定者安斎六郎は、同目録第一(7) の表示変更後の土地である同目録第二Dの土地を、昭和三三年二月一日被告大八木富五郎から買受けて、後にその表示を同目録第二(13)のように変更し、

5  選定者市川昇は、同目録第一(8) (9) の表示変更後の土地の一部である同目録第二(17)の土地を、昭和三三年一一月一日被告大八木富五郎から買受け、

6  被告松本重雄は、同目録第一(8) (9) の表示変更後の土地の一部で同目録第二(16)の土地中八二坪の部分(同目録第二(15)の土地部分)を昭和三三年一〇月一日被告大八木富五郎から買受け、

以来それぞれ各当該土地を占有して現在に至つている。」

右認定によれば、被告大八木富五郎は同目録第一(4) (5) (6) (9) の各土地について、昭和二四年三月中(おそくとも同月末日まで)に売渡通知書の交付を受けて、おそくとも昭和二四年四月一日より右土地の自主占有を開始し、同目録第一(7) (8) の各土地については、昭和二四年七月中(おそくとも同月末日まで)に売渡通知書の交付を受けて、おそくとも昭和二四年八月一日より右土地の自主占有を開始し、選定者大八木イネは、同目録第一(1) (2) (3) の各土地について昭和二四年三月中(おそくとも同月末日まで)に売渡通知書の交付を受けて、おそくとも昭和二四年四月一日より右土地の自主占有を開始し、選定者大八木庄太郎、同小沢富雄、同森唯七、同安斎六郎、同市川昇、被告松本重雄はそれぞれ各当該土地の買受けにより右被告大八木富五郎、選定者大八木イネの自主占有を承継したうえ、更に各自主占有を継続したものと認められる。

そのほか被告大八木富五郎、選定者大八木イネ、被告松本重雄、選定者大八木庄太郎、同小沢富雄、同森唯七、同安斎六郎、同市川昇の右各土地の占有が善意、平隠かつ公然のものであつたことは、民法第一八六条第一項により推定されるところやあり、原告らは被告大八木富五郎、選定者大八木イネの占有が悪意であつたと主張するけれどもこの点に対する認定は次に判示するとおりであつて結局右推定を覆すに足る証拠はない。

次に、原告らは、被告大八木富五郎および選定者大八木イネは自創法による農地の売渡を受ける資格はなかつたのに、当時の混乱した時期を利用して亡吉村トリの資産を独占せんがため、買受の申込をなし、被告国もその買受資格について何らの調査もせず売渡したもので、被告大八木富五郎、選定者大八木イネの土地占有は善意無過失の点において欠けると主張するので考えるに、原告らが主張するような事実は、本件に現われた全証拠を精査するもこれを確認するに由ない。しかして被告国が自創法により農地の買収をなし、これを売渡す場合、買受入に於いて買受農地の所有権を取得したと信ずるのは当然であるから、当該農地の買収処分及び売渡処分に無効原因となる瑕疵があつて買受入において、相当の注意をなせば容易にこれを知ることができたような事情があれば格別、そうでない限り買受入は当該買受土地の所有権を取得したと信ずるにつき過失がなかつたものというべきである。しかして前掲証拠によれば前示認定事実のほか、被告大八木富五郎については、「同被告は土地買受申込当時は他に主たる職業をもつていて、父喜三郎の農耕を手伝う程度であつたが、父喜三郎は当時既に七〇才位の年令に達していて、将来は家族の農耕の主体は被告富五郎に移ることが予想されていたこと、およびそのような家族状況であつたため農地委員会関係者の方から、富五郎名義で買受申込をするのが適当であろうと示唆されたため、これに従つて富五郎名義で買受申込をしたこと」選定者大八木イネについては、「将来は同人の長男勇も農耕に従事する予定であつたこと」がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

とすると、このような家族の状況にある場合被告大八木富五郎が農業に精進する見込のある者として買受申込をすることは自創法の趣旨に反するものではないから、選定者大八木イネには勿論被告大八木富五郎にも買受申込資格は充分具わつていたと解される。けれども、被告大八木富五郎及び選定者大八木イネに対する当該農地の売渡処分の前提となつた買収処分に重大かつ明白な瑕疵があつて当然無効であることは後記認定のとおりであるから、従つて右売渡処分も当然無効であるというべく、従つて同被告及び同選定者は右売渡処分により当該買受土地の所有権を取得するに由なきものというべきである。被告大八木富五郎は、買収処分は一種の強制徴収であり、これにもとずく所有権取得は原始取得であるから、原始取得者たる被告国から売渡を受けた同被告は完全に所有権を取得したものであると主張するが、買収処分が当然無効である以上買収処分が一種の強制徴収であるとしても、政府による被買収地の所有権取得の効果を生ずるに由なく、従つて同被告も被告国から被買収地の所有権を取得するに由なく、右主張は採用することができない。しかして、被告大八木富五郎本人尋問の結果によれば、同被告はその買受土地の買収処分がなされた当時即ち昭和二三年二月及び昭和二四年三月当時被買収者吉村トリが既に死亡していたこと及び同女が死亡当時不在地主であつたことは知つていたが、右買収当時の相続人即ち買受農地の所有者が誰であつたかは知らなかつたこと、又証人(選定者)大八木イネの証言によれば、同人もまたその買受農地の買収処分がなされた昭和二三年二月当時被買収者吉村トリが既に死亡していたことは知つていたが、当時の相続人即ち買受農地の所有者が誰であつたかということについては関心を持つていなかつたことがそれぞれ認められ、更に後記認定の如く、被告大八木富五郎又はその父大八木喜三郎及び選定者大八木イネは買収処分をするための一筆調査の際、地主を吉村トリと表示した表示をしたことが窺われる。しかし吉村トリが昭和二〇年五月一五日死亡し、その親族関係にある者が別表記載のとおりであることおよび昭和二〇年一二月一八日中丸豊吉は死亡し、原告中丸正太郎が家督相続をしたことは成立に争いのない甲第一号証の一ないし三六、原告三嶽勇、同大野亀男、同中丸正太郎、同大八木金春各本人尋問の結果および弁論の全趣旨により明らかであり、右認定事実によれば、吉村トリは死亡当時戸主であつたが旧民法による法定又は指定の家督相続人がなかつたので、旧民法により家督相続人が選定せられなければならない場合であつたのであるが、その選定手続がなされないまま、新憲法が昭和二二年五月三日施行され、これに即応するためいわゆる応急措置法(昭和二二年法律第七四号)が同時に施行され、更に昭和二三年一月一日より右応急措置法に代つて新民法が実施されたため、同法附則第二五条第二項により前記買収処分当時には、吉村トリの姉亡ソデの養子亡由松の直系卑属である原告三嶽清松、同三嶽繁蔵、同小沢君子、同三嶽勇および、吉村トリの弟亡喜之助の直系卑属である原告田中ハナ、同大八木初男、同小池イチ、同大八木金春、同土屋マツ、同永井タケが、いずれも代襲相続人として、吉村トリの妹大野チヨ、弟中丸豊吉、兄大八木仙太郎及び兄大八木喜三郎がいずれも相続人として吉村トリの遺産を共同相続し、右中丸豊吉は応急措置法施行前たる昭和二〇年一二月一八日死亡し、当時戸主であつたので、旧民法によりその長男原告中丸正太郎がその家督相続をしたこと、その余の原告らは、亡吉村トリの相続人(又は代襲相続人)ではなかつたことが明らかである。(最高裁判所昭和三八年四月一九日判決、例集第一七巻三号五一八頁参照)ところで、応急措置法及び新民法はそれまでの家督相続制度を廃止し、諸子及び配偶者の共同相続を認めたもので、施行当時における一般国民の生活感情及び法常識とは相当かけはなれた法律制度を規定したもので、しかも新民法施行後僅か一年半を経た昭和二四年七月の売渡処分当時においては、まだ新民法殊に附則第二五条の如き経過規定についての知識は、一般国民の間に充分普及されておらず、かつ新民法に対する国民の理解の程度も低かつたことは、当時の混乱せる世相を考慮すると、容易に首肯し得るところであるのみならず、後記認定のような吉村トリに対する買収処分に存する瑕疵は、重大かつ明白なものであるとはいえ、自創法及び新民法特に附則二五条第二項について相当な知識と理解がなければ容易に気付かないような性質のものであり、かつ国から農地の売渡を受けた者は売渡処分の先行処分たる買収処分の効力を積極的に調査する義務はないと解すべきであるから、被告大八木富五郎及び選定者大八木イネに前記認定のような、吉村トリ死亡の事実を知つていたとか、その他の事実があつたからといつて、同被告及び同選定者がこれを手がかりとして相当の注意をなせば、前記の瑕疵を知ることができたものと推断することは妥当ではない。そうすると、同被告及び同選定者は当該農地の占有の始めに善意無過失があつたと認めるのを相当とする。そうだとすれば、たとい被告国の同目録第一(1) ないし(9) の土地の買収処分が無効であつたとしても(昭和二四年四月一日及び同年八月一日より起算して、本訴(昭和三五年(7) 第二四一号事件)提起の日であること記録上明らかな昭和三五年三月二八日迄に既に一〇年以上を経過したことが暦算上明らかであるから、被告大八木富五郎は同目録第二(14)(18)の各土地について、同松本重雄は同目録第二(16)の土地中八二坪(同目録第二(15)土地部分)について、選定者大八木庄太郎は同目録第二(10)の土地について、同小沢富雄は同目録第一(2) 、同目録第二(11)の各土地について、同小沢富雄は同目録第一(2) 、同目録第二(11)の各土地について、同森唯七は同目録第一(4) (6) 、同目録第二(12)の各土地について、同安斎六郎は同目録第二(13)の土地について、同市川昇は同目録第二(17)の土地について、それぞれ取得時効の完成により当該起算日に遡つてその各土地所有権を取得したものと認められる。

以上のとおりであるから被告等の時効の抗弁は理由があり、原告らの被告らに対する登記抹消請求のうち請求原因第四項(三)記載中、同目録第二(14)(18)の土地についての所有権取得登記、請求原因第四項(四)ないし(八)、(十)記載の各所有権取得登記は結局現在の権利関係に合致したものであり、請求原因第四項(一)(二)(九)記載の各登記および(三)記載のうち同目録第一(4) (6) (9) 、同目録第二(12)(13)(15)(17)の各土地についての所有権取得登記については、原告らは右登記のなされている各土地の所有権を時効の起算日に遡つて既に喪つたもので、これら各登記の抹消を求める法律上の利益を有しないから、これら各登記の抹消登記手続を求める原告らの請求は失当であり、選定者安斎昭一に関する土地所有権に基く同目録第二(13)土地上の建物収去の請求は、原告らは既に右土地の所有権を有するものではないから失当であること明白であつて、結局原告らの主位的請求はいずれも理由なきものとして棄却さるべきである。

(被告国に対する予備的請求について)

一、別紙物件目録第一(1) ないし(9) の各土地がいずれも訴外吉村トリの所有であつたこと、右土地について昭和二三年二月二日自創法第三条による買収をしたとして被告国(農林省)のため所有権取得登記がなされていること、右土地の買収処分に際し、同法第九条の規定により訴外吉村トリに対して買収令書が交付されたものとして買収手続が進められ、昭和二四年二月一日附吉村トリ名義の買収令書受領証が作成提出されていることはいずれも当事者間に争がない。

二、原告らは、被告国の同目録第一(1) ないし(9) の各土地に対する、買収は違法無効であつて、被告国の公務員である買収担当者の過失により違法な買収を行い、これを売渡した結果、被告大八木富五郎、同松本重雄および選定者らに右土地所有権の時効取得を得せしめ、原告らに損害を蒙らせたと主張するので、まず昭和二三年二月二日を買収の時期とする右土地買収処分が無効なものであるかどうかを判断するに、前に判示したように原告大八木初男、同大八木金春、同小池イチ、同土屋マツ、同永井タケ、同田中ハナ、同大野亀男、同大野アサ、同大野義雄、同大野甲子三、同小栗アキ、同三嶽勇、同小沢君子、同三嶽清松、同三嶽要蔵、同中丸正太郎および訴外大八木仙太郎(同人は昭和二四年八月二四日死亡したので更にその直系卑属に該る者)、同大八木喜三郎が吉村トリの相続人として同目録第一(1) ないし(9) の土地の所有権を相続したことのほか、前顕甲第一号証の一ないし三六、原告大八木金春、同三嶽勇各本人尋問の結果によれば、「同目録第一(1) ないし(9) の各土地が買収された昭和二三年二月当時、右亡吉村トリの相続人のうち原告小沢君子、同田中ハナ、同小池イチは右土地の所在地である茅ヶ崎市内に居住していたこと」が認められ、右認定に反する証拠はなく、その余の相続人らが当時茅ヶ崎市内に居住していたことを認めるに足る証拠はない。

したがつて被告国が昭和二三年二月二日自創法第三条に基いて右土地を買収した当時、右土地は原告ら亡吉村トリの相続人の共有土地であつたものであり、原告小沢君子、同田中ハナ、同小池イチは右土地の所在地である茅ヶ崎市内に居住していたのであるから、これを除くその余の原告らは自創法第三条第一項第一号にいわゆる不在地主であつたものと解せられるところ、対象土地が共有土地であること、又は共有者の一部がいわゆる在村地主でその持分が自創法第三条第一項二、三号の保有許容面積であることは、不在地主の共有持分を買収の対象とし得ない理由とはならず、不在地主の共有持分のみの買収も自創法において許されるものと考えられるから、本件買収の如く、共有者の一部が自創法第三条第一項一号にいわゆる不在地主である土地について持分を区別せず一括して買収処分をした場合には、その買収処分は不在地主の共有持分についてのみ適法になされたものと解すべきである。したがつて同目録第一(1) ないし(9) の各土地のうち自創法第三条第一項一号の不在地主でもなく、又その余の同条同項各号にも該当しない原告小沢君子、同田中ハナ、同小池イチの共有持分については被告国がなした買収処分は違法たることを免れず、しかもその程度は重大でありかつ被買収者が在村地主であるか不在地主であるかは通常何人にも容易に判明することであるからその瑕疵は明白であるというべきであり、したがつてこれを当然無効とすべき事由に該当するものと解される。

次に同目録第一(1) ないし(9) の各土地の買収に際し、自創法第九条第一項本文に定める被買収土地の所有者に対する買収令書の交付が適法になされたか否かについて考えると、買収令書交付を立証する証拠として甲第三号証の一、および成立に争のない同号証の二が提出されているところ、甲第三号証の一買収令書の「受領証」には、昭和二四年二月一日の記載および吉村トリの記名捺印があるけれども、吉村トリは前認定のように既に昭和二〇年五月一五日死亡していたのであるから、右「受領証の記名捺印が吉村トリによつてなされたものでないことは明らかであり、そのほか買収令書が亡吉村トリの相続人によつて適法に受領され、その相続人によつて右吉村トリ名義の記名捺印がなされたものと認めるに足る証拠はないから、甲第三号証の一、二を以つては右土地についての買収令書が適法に右土地の所有者に交付されたと認めることはできず、他に買収令書交付が適法になされた事実を立証するに足る証拠はなく、買収令書の交付に交る公告がなされた事実も認められない。したがつて同目録第一(1) ないし(9) の各土地の買収は自創法第九条第一項に定める買収令書交付の要件を欠く瑕疵があつた違法な買収処分であり、この瑕疵は重大かつ明白なものであるから同目録第一(1) ないし(9) の各土地に対する被告国の買収処分は全部当然に無効であるといわねばならない。

三、そこで被告国が右のような違法無効な買収処分をなしたについて過失があつたか否かについて考えるに、前顕甲第三号証の二、証人山之井勉、同川辺義治、同大八木庄太郎の各証言によれば、「被告国が自創法により農地買収をするにあたり元訴外吉村トリ所有であつた同目録第一(1) ないし(9) の各土地については茅ヶ崎市農地委員会において農地の調査を行い、昭和二二、三年中に右土地を含む一帯の土地の買収計画を樹立し、自創法所定の買収手続を経て、昭和二三年二月二日神奈川県知事名義の買収令書(甲第三号証の二)を発行して買収処分がなされたものであるが、右農地買収のための調査は、各農地の耕作者にその土地の所有者、耕作者、地番、地積を立札をもつて掲示させ農地委員会を構成する農地委員が各地区を区分して担当し、農地委員が委嘱したその地区の補助員および小委員(補助員の手伝をする者)の応援により、右立札に基いて農地台帳を作成し、それによつて農地買収計画を立てゝ手続を進めた。」

これが認められ、右認定に反する証拠はない。この事実と先に認定判示した事実によれば、まず、原告小沢君子、同田中ハナ、同小池イチの右土地の共有持分に対する買収処分については、右土地の所有者であつた訴外告村トリはすでに昭和二〇年五月一五日死亡していたものであるところ、農地の調査に対し被告大八木富五郎の父喜三郎および選定者大八木イネは、吉村トリの死亡の事実を知つていたのに、おそらく同人らの耕作していた右土地の所有者を吉村トリとして表示し、当該地区担当農地委員又はその補助者らは右掲示をそのまゝ信じて調査を了したものとし、亡吉村トリを右土地所有者として農地台帳に記載することになつたため、これを基礎として以後の手続が進行したものであろうと推断できるが、自創法による農地買収に際し、農地の耕作者に土地の所有者を表示せしめるのみでは農地所有者の調査を充分に尽したとはいえず「又買収計画樹立後これを公告しても、それは関係者に異議を述べる機会を与えるものではありこそすれ、公告をしたことによつて農地所有者調査の不充分である責任を払拭できるものでもない。右土地の元所有者吉村トリは当時すでに死亡していたことは同人の戸籍謄本を取寄せて調査すれば容易に判明するのみならず、新民法の研究をすることによりその相続人が判明しその住所を調査することにより、右土地はその相続人らの共有に帰しており、その相続人の一部は茅ヶ崎市内に居住していたいわゆる在村地主であつて、その共有持分は買収の対象となし得ないことが判明するのであり、この程度の調査研究は、当時農地費収処分の事務を担当した当該公務員の当然なすべき職責に属するものであつたと考えられるから、この調査研究をなさなかつた地区担当農地委員ないしその補助員に過失があつたと認められる。

そして先に認定した買収令書の不交付については買収令書を受領する者又は買収令書受領証に記名捺印する者が真実亡吉村トリであるか否かは前記説明したような調査研究により容易に判明し得ることであるから、この調査を怠つて、亡吉村トリには勿論、その相続人にも右令書を交付しなかつたのに拘らず、甲第三号証の一の受領証が提出されたことをもつて適法な買収令書の交付がなされたものとしたのは、買収令書発行者たる神奈川県知事の令書交付担当者の過失であることは明らかである。

四、しかるところ、自創法による農地買収処分が公権力の行使としてなされたものであることは勿論であるから、被告国は公権力の行使に当る公務員の過失により当然無効な右農地買収をなし、これを基礎として右農地を売渡したために売渡を受けた者の土地所有権の時効取得を招来したのであるから、これにより発生した損害については、被告国は国家賠償法第一条第一項に基いてその損害賠償の責に任ずべきである。

五、被告国は同目録第一(1) ないし(9) の各土地の買収処分が無効であるに拘らず、主位的請求に対する判断において判示したように、これを被告大八木富五郎、選定者大八木イネに売渡し、同被告らは一部土地を除いて更にこれを他に譲渡し、結局被告大八木富五郎、同松本重雄、選定者らが右土地所有権を取得時効により取得し、反面、原告らは右土地の所有権を喪つたものであるところ、原告らは被告国が責を負うべき不法行為により蒙つた損害は、本訴口頭弁論終結時における右土地の価格に相当し、被告国は原告らに対し右相当額を賠償すべきであると主張し、被告国はこれを争うので考えるに、国家賠償法により賠償すべき損害の範囲は、民法の不法行為による賠償の範囲と同一であるので、民法第四一六条の債務不履行による損害賠償の範囲に関する規定を類推適用すべきことは、被告国の主張のとおりであるから(被告国のような不法行為者から土地の売渡を受けた第三者が取得時効により土地の所有権を取得し、その反面土地所有者がその所有権を喪つた場合、その所有権の喪失という損害は不法行為により通常生ずべき損害というべきか否か、それが通常生ずべき損害というべきであるとすれば、その喪われた所有権の価格はいかなる時期における価格を損害とすべきであるかが問題の要点である。

そこで、土地所有者は自己所有の土地が不法に売却された事実を知るまでは、自己の権利が他より侵害されることなく円満な状態で存在するものであると信ずるのであり、かく信ずるについて過失がないかぎり、自己の所有土地が不法に侵害されている事実を知らないがために時効中断の措置に出でないことについて所有者が責められるべきものではないと考えられるところ、原告大野亀男、同三嶽勇、同大八木金春、同中丸正太郎各本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原告らのうち先に判示した吉村トリの相続人たる原告らは本訴提起に極く近い時期まで、右原告らが同目録第一(1) ないし(9) の各土地を相続したことは勿論、自己らが亡吉村トリの相続人となつたことすら知らず、したがつて又、自己らが相続した右土地が不法に侵害されていることを知らなかつたことが認められるほか、先に原告らの主位的請求に対する判断において判示したように、相続人たる原告らはいずれも被相続人の直系卑属ではなく甥又は姪に該る者であつて、自己が相続人となつたか否かを知りにくい親族関係にあつたうえ、加えて相続当時は親族相続関係法制が変革期にあり、殊に経過規定たる民法附則など一般には親しみにくい法規が施行されて相続関係についての国民の理解程度が低かつたのであるから、このような事情のもとでは相続人たる原告らが吉村トリの相続人となつたことを知らなかつたことについて過失があつたものとは云い難く、相続人たる原告らが時効中断の措置に出でなかつたからといつてこれを責めることはできない。又たとえ時効期間進行の事実を知つたとしても、所有者に時効中断の措置に出でる義務があるわけではないから、いずれにしても売渡を受けた第三者が土地所有権を時効取得し、所有者が所有権を喪失したため生ずる損害を所有者の責に帰することはできない。

一方、不法行為者が土地所有者に被害事実を知られることなく、第三者に対して自己が正当な権利者であると信ぜざるを得ない状態で売渡しでその占有を得せしめた場合には、所有者が被害事実を知つて時効中断の措置に出でない限り、取得時効の期間が進行し、その期間が満了すれば、土地を買受ける者は通常その土地所有権を完全に自己に取得することを望む故に売渡を受けるのであるから、通常の場合には時効の利益を放棄することは考えられず、その所有権を取得し、その結果従来の所有者が所有権を喪失するであろうことは、不法行為のときに於て通常容易に予測し得るところであると云わねばならない。被告国は、不法行為者による売渡処分後の占有者が時効取得を援用するかどうか、又援用するとしてもその時期如何は予測し得ないことであるから、売渡を受けた第三者の取得時効援用によつて所有者が所有権を喪つても、その所有権の価格は通常生ずべき損害とはいえないと主張するが、それは不法行為により右のように当然予測し得る事態を自ら招来したことを閑却し、理由のない利己的な楽観によつて責任の所在を転嫁しようとするもので許容するに由ない。したがつて被告国は、原告らのうち同目録第一(1) ないし(9) の各土地の所有権を相続した者が右各土地の所有権を喪失したことによつて蒙つた損害を賠償すべきである。

六、次に、右土地の所有権の喪失によつて蒙る損害額の算定について考えるに、相続人たる原告らの右各土地所有権は、被告国から売渡を受けた者が取得時効期間の満了によつて所有権を時効取得すると同時に喪われ、この時に損害が現実化するのであるから、時効期間満了のときの右各土地の価格をもつて損害額とするのが相当である。(民法第一四四条によれば時効の効力はその起算日に遡るのであるから、相続人たる原告らは起算日に遡つて所有権を喪失することになるが、これは所有権帰属の時期を明確ならしめるための定めであるにすぎないから、起算日を所有権喪失による損害額算定の基準時期とせねばならない必然性はなく、所有権を喪うことによる損害が現実化するのは時効期間満了のときであると考えるについての障害とはならない。)

原告らは同目録第一(1) ないし(9) の各土地の現在の価格(別紙価格表記載どおり)をもつて損害額とすべきであると主張するが、右各土地の買収処分がなされたおそくとも昭和二四年当時には農地の移動、転用及び価格の統制が農地調整法によつて実施されていたので、当時農地価格が将来騰貴するような社会経済状態であつたとは考えられないが、特に右各土地の価格について当時将来騰貴するような特別の事情があり、かつ債務者たる被告国の買収事務担当の公務員がその特別の事情を知り又は知り得た状況にあつたことは本件に現われた全証拠によるもこれを認めるに足らないから、原告らの前記主張は採用できない。(最高裁判所昭和三七年一一月一六日判決例集第一六巻一一号二二八〇頁参照)、

そこで、主位的請求に対する判断において判示したように、同目録第一(1) ないし(6) および(9) の各土地については昭和二四年四月一日を起算日として取得時効の期間が進行し、一〇年後である昭和三四年三月末日の経過によつて時効期間満了し、同目録第一(7) (8) の各土地については昭和二四年八月一日を起算日として取得時効の期間が進行し、一〇年後である昭和三四年七月末日の経過によつて時効期間満了したものであるところ、鑑定人駒井一夫の鑑定の結果によれば、右各時効期間満了の時に近接する昭和三四年三月当時の同目録第一(1) ないし(9) の各土地の価格は合計二、五二五、二〇〇円であつたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、又前判示のように相続人たる原告らは時効期間満了まで自己らが訴外亡吉村トリの右各土地を相続したことおよび右土地所有権が不法に侵害されていることを知らず、かつ知らなかつたことについて過失がなかつたことが認められるから、時効期間満了による損害の拡大について原告らの過失はなかつたものであり、結局右金額を以つて被告国が相続人たる原告らに対し賠償すべき損害額とするのが相当である。したがつて被告国は右土地相続人らに対し右金額を支払うべきところ、右土地相続人たる各原告の蒙つた損害は同原告らが訴外亡吉村トリから相続した右土地所有権の持分の割合に照応するものと考えられ、前に判示したように原告らの右吉村トリに対する親族関係は別紙親族表のとおりであつて原告中丸ツネ、同境金之烝、同伊藤ソデ、同中丸タマ、同向井ハツ子、同中丸ミヨ子、同堀口タネはいずれも亡吉村トリの相続人ではなくその余の相続人たる各原告の損害額は次のように算出される。

大八木初男、大八木金春、小池イチ、土屋マツ、永井タケ、田中ハナ以上いずれも三六分の一。各金七〇、一四四円宛。(円位未満切捨)

大野亀男、大野アサ、大野義雄、大野甲子三、小栗アキ以上いずれも三〇分の一。各金八四、一七三円宛。(円位未満切捨)

三嶽勇、小沢君子、三嶽清松、三嶽繁蔵以上いずれも二四分の一。各金一〇五、二一六円宛。

中丸正太郎六分の一。金四二〇、八六六円。(円位未満切捨)

七、最後に、原告らは右損害金支払の遅延損害金として、昭和三六年一一月一八日以降支払済まで年五分の割合による金員の支払を求めているところ、右相続人たる原告らが支払を受けるべき前記損害金の支払は時効期間満了により遅滞を生じたものと考えられるから、同目録第一(1) ないし(6) および(9) の各土地所有権喪失により発生した損害については昭和三四年四月一日以降、同目録第一、(7) (8) の各土地の分については昭和三四年八月一日以降支払に遅滞を生じており、右時期の以後であること明らかな昭和三六年一一月一八日以降支払済までの前記各金員に対する民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告らの請求は理由がある。

よつて原告らの予備的請求は、原告中丸ツネ、同境金之烝、同伊藤ソデ、同中丸タマ、同向井ハツ子、同中丸ミヨ子、同堀口タネの請求については理由がないからこれを棄却し、原告中丸正太郎の請求については右損害額の範囲内で損害金の支払を求めるものであるからこれをすべて認容し、その余の原告らの請求については右損害額の限度において正当としてこれを認容し、右の限度を超えるその余の請求部分については失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久利馨 小木曽競 田中昌弘)

選定者目録、物件目録、価格表、親族表<省略>

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